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1973年宮城県仙台市に生まれる
小さい頃からの夢だったアメリカ留学実現のため、親へ何度も頼み込み、中学卒業後、ワシントン州、シアトルにあるNorthwest Schoolへ入学する。
入学はしたものの、当時日本人がとても多く英語が上達できる環境とは思えず、同じくシアトルにあった公立高校Roosevelt High Schoolへ1年後に転校。 Roosevelt High School卒業後は他の世界も見てみたいという興味もあり、イギリスへ。 ロンドンにてRichmond University, International Business学科へ入学、ビジネスとスペイン語を中心に学び1996年に卒業。
卒業後はドイツ、ミュンヘンの語学学校で以前から興味があったドイツ語を2ヶ月間勉強し、その後就職活動のため、ドイツ各地にある日本商工会議所を回り履歴書を預かってもらう。その1週間後、当時英語と日本語を話せる日本人を探していたIT関連企業から連絡があり、入社を決める。その後三井物産ドイツ支店へのサポート・エンジニアとして1年出向する等、計2年間、LANの基礎やコンピュータートラブルの解決方法を学ぶ。
しかし、年齢的にワーキングホリデービザを取得できる当時最後の年だったこともあり、1998年、会社を退職。一路オーストラリアはシドニーへ。
ドイツで培ったITの知識を生かして、ソフトウェア開発会社のヘルプデスク担当として経験を積むが、1年後ワーキングホリデービザが切れたため2000年に帰国。
帰国後、転職活動を始めた矢先、バイリンガルでITスキルのある人材のみの紹介をしている人材紹介会社があると聞き、早速登録をする。その後何社かの外資系企業と面接があり、バークレイズ・グローバル・インベスターズ信託銀行に入社。Windowsサーバー、マーケットデータサービスエンジニアを務める。
5年後の2005年、日々の仕事がルーチン化し、なにか新しいことにチャレンジしたいと思っていた矢先、バークレイズ時代の上司からの誘いがあり、ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン証券会社へ転職。マーケットデータサービスエンジニアとしてのキャリアを積む。この転職を機に、仙台へのUターンを考え始める。
初めは仙台の企業への就職も考えたが、元々英語を必要とする企業の数が少ない仙台で、今までの経験や、能力を最大限発揮できそうな仕事は実際少なかった。
そこで、私自身も留学から帰国後、就職活動の際、どのように転職活動を行って良いか分からなかった経験を踏まえ、留学斡旋、及び帰国時の人材紹介会社をトータルでサポートする株式会社ライフブリッジを2006年5月、宮城県仙台市に設立する。そして2009年、満を持して「日本人による日本人のための英語塾」を開設。